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新潟地方裁判所三条支部 昭和43年(ワ)119号 判決

原告

知野泰介

被告

竹内嘉秀

ほか一名

主文

被告らは原告に対し連帯して金二二〇万円及びこれに対する昭和四三年八月二二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

一、請求の趣旨

1  被告らは原告に対し連帯して金八五〇万円及びこれに対する昭和四三年八月二二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  当事者

原告は県立三条工業高校の生徒であり、被告与板トラック株式会社(以下被告会社と略称)は運輸業を営み、被告竹内嘉秀(以下被告竹内と略称)は被告会社の従業員で運転業務に従事しているものである。

(二)  事故の発生

被告竹内は昭和四二年一二月一八日午後六時四五分頃、被告会社の大型貨物自動車(新八あ一六二八号。以下被告車と略称)を運転し長岡市城岡町二丁目六番二四号地先の交通整理の行われている交差点を大手通り方面から蔵王橋方面に向け左進行しようとした際、左後方から併進して来た訴外坂井文雄運転の二輪自動車の右前部と自車の左前部とが衝突し、右二輪自動車後部座席に同乗中の原告を路上に転倒させ、原告の右足を自車左輪で轢過した(以下これを本件事故と略称)。

(三)  傷害の部位、程度

原告は右事故発生直後長岡赤十字病院に入院し、前同日から昭和四三年二月二九日まで七四日間入院治療し、同年三月一日から同月二五日まで通院治療したが、右下腿はその中央部で切断する後遺症となつた。

(四)  被告竹内の過失及び責任

前記事故(以下本件事故と略称)の発生について、被告竹内には安全確認義務違反がある。すなわち、被告竹内は交通整理の行なわれている前記交差点を左折するに際し、左折の合図をしあらかじめできる限り道路の左側の併進車両または後続車両との安全を確認すべき注意義務あるにもかかわらずこれを怠り訴外坂井の二輪自動車が左後方から併進状態に入つているのに気ずかずに左折を開始した過失により本件事故を惹起させたものである。したがつて、被告竹内は原告に対し民法七〇九条により原告の蒙つた後記(六)の損害を賠償する責任がある。

(五)  被告会社の責任

被告竹内は被告会社の義務に従事中前記過失によつて本件事故を惹起したものであるから、被告会社は被告竹内の使用者として原告らが蒙つた以下の損害を賠償すべき責任がある。

(六)  損害

(1) 慰藉料

原告は将来技術職となるべく工業高校で勉学中であつたが、本件事故による前記傷害のため昭和四二年一一月一九日から昭和四三年二月二九日まで学校を休んだばかりでなく、技術職を志す原告にとつて右下腿切断の結果蒙つた不利益ははかり知れないものがある。かかる原告の精神的苦痛を金銭に見積るときは金八〇〇万円をもつて相当とする。

(2) 弁護士費用

原告は被告らとの示談交渉はほとんどできず、止むなく弁護士坂上富男に依頼してこれが訴訟委任をなし、第一審について着手金二〇万円、成功報酬金三〇万円を支払うことを約した。原告は生徒であつて資力はなく本件勝訴判決を得て入金次第右弁護士費用を支払うことを約したので右費用は被告らにおいて負担すべき義務がある。

よつて、原告は被告らに対し金八五〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四三年八月二二日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)、(二)及び(三)について

すべて認める。

(四)  同(四)について

争う。

(五)  同(五)について

本件事故が被告会社の業務の執行中惹起されたものであることはこれを認めるが、その余の点は争う。

(六)  同(六)について

争う。

三、被告の主張

(一)  本件事故は被告車が交通整理の行われている交差点を左折すべく方向指示器を出して合図したにも拘らず、後方より訴外坂井の運転する自動二輪車がその後部座席に原告を同乗させ、被告竹内の右合図を無視して直進したため、すでに交差点に先入し左折を開始した被告車と衝突し、後部座席に鳩を入れた籠をもつて同乗していた原告が路上に転倒して受傷したものである。これによつても明らかなとおり、後方の車両の運転者たる訴外坂井としては当該合図をした車両の進行を妨げてはならない義務があるにもかかわらず(道路交通法三四条五項)これを怠り直進したため本件事故を惹起したものであつて、本件事故は訴外坂井の過失に基くものであり、また、原告としても二輪自動車の座席に鳩を入れた籠をもつて同乗することは危険極りなく、かかる原告の過失も本件受傷を招く原因となつたものである。

よつて、本件事故の発生は訴外坂井及び原告の過失によるものであるが、仮りに被告らに損害賠償の責任があるとしても、訴外坂井の前記過失は被告竹内の過失に比して大であり、その割合は少くとも七対三である。しかして、原告は長岡市内の自動車試験場で自動二輪車の運転練習をするため訴外坂井の前記自動二輪車に同乗したものであつて、原告は訴外坂井の無償常用同乗者であることがうかがわれるから、訴外坂井の過失は被害者たる原告側の過失として斟酌さるべきである。さらに、自動二輪車の後部荷台に同乗するものは通常両手で荷台を押え投げ出されないようにすべきであるのに鳩を入れた籠をもつて同乗することは極めて不安定であり危険でもあつて、かかる原告の過失も本件受傷の一因となつているのであるから、被告らの賠償額の算定にあたつては原告ないしは原告側の右過失を斟酌すべきである。

(二)  原告は被告会社及び訴外坂井の自動車損害賠償責任保険より、それぞれ金一九〇万円合計金三八〇万円の支払を受けているものであるから、損害額からこれを全部控除するのが相当である。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、事故の発生及び傷害の程度

原告主張の日時、場所において、本件事故が発生したこと、及び、右事故の結果、原告はその主張するように長岡赤十字病院に入院及び通院して治療したが、結局、右下腿はその中央部で切断するに至つたことについては、当事者間に争いがない。

二、被告竹内の過失及び責任

〔証拠略〕によれば、本件事故発生現場付近は、人家は全くない非市街地の国道と県道の交差点で同道路は見通しのよい有効幅員九・五メートルのコンクリート舗装であつたが、夜間のため気温が下がり凍結していたこと、右交差点には信号機が設置されて作動中であつたが、車両の交通量は普通であつたこと、被告竹内は被告車を運転して前記国道を長岡市市街地方面から見附市方面に向け時速約三〇キロメートルの速度で進行し前記交差点で与板町方面に通ずる県道を左折するため同交差点入口手前約三六メートルの地点で、道路左側から約一メートル付近に進路をとり自車と同一方向に進行していた坂井文雄が運転しその後部座席に原告を同乗させていた自動二輪車をその右側から追い抜き約二〇メートル進行して前記交差点にさしかかつたところ、前方信号機が黄色の注意信号となつたので道路左側と約一・五メートルの間隔をおいて一時停止したうえ前方信号が青色に変つたため左折進行を開始したが、その際、被告竹内は前記交差点手前で、前記のとおり、自車が追い抜いた右坂井の運転する自動二輪車が自車の左側後部付近を併進して来ているのを知つていたにも拘らず時速約一〇キロメートルの速度で交差点内に進入し、前記交差点中心部に接触して左折したため、同交差点内に進行した右坂井の自動二輪車右側ハンドルと自車の左側前部を接触して本件事故を惹起させてしまつたことが、それぞれ認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、右認定事実によれば、被告車の運転者たる被告竹内としては、交差点において左折しようとする場合出来得る限り道路の左側に寄つて停止し、あらかじめ後続車両に対し自車が左折することを知らしめ、かつ、左折のため進行するに当つては、後続車両が直進車両である場合には同車両を先に通過させ、その後に自車を交差点内に進行させるなどその進路を妨害することによつて生ずる車両の接触による交通事故を防止すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り、前記坂井の運転する自動二輪車が自車の左側後部付近を併進して来ているのを知りながらその動静を確認しないまま漫然時速一〇キロメートルの速度で交差点内に進入して左折した過失があるといわなければならない。したがつて、被告竹内は民法七〇九条により本件事故によつて原告が蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

三、被告会社の責任

被告竹内が被告会社の従業員であり、本件事故は被告竹内が被告会社の業務に従事中に前記の過失によつて惹起させられたものであることは当事者間に争いがないから、被告会社は被告竹内の使用者として原告らが蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、過失相殺

前掲各証拠によれば、訴外坂井文雄は前記自動二輪車を運転して前記交差点を直進するに際し、偶々、進行方向前方の信号機が赤の停止信号となつたため停止していた車両等の動向を注視し、進路の安全を確認すべき義務を怠り、就中、右直前方に停止していた被告竹内の運転に係る被告車が同交差点を左折するため方向指示器による合図をしていたにもかかわらず前方信号機のみに気を奪われてこれを確認せず同信号機が青色の進行の信号に変るや前記被告車の左側を追い抜こうとして漫然直進した過失により本件事故を惹起せしめたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば、本件事故は、被告竹内のみならず被告車に対する注意を怠つて慢然交差点内に直進した訴外坂井の過失にも基因するものということができる。しかして、〔証拠略〕によれば、原告と坂井文雄とは三条工業高校の同級生であり、事故当日原告は坂井の運転する自動二輪車の後部座席に乗せてもらい長岡市宮内町所在の自動車運転試験場に赴き同試験場において自動二輪車の運転練習を終え再び右坂井の運転する自動二輪車の後部座席に乗せてもらい帰宅する途中本件事故にあつたこと、原告は右の乗車に際して鳩を入れた縦横共に約三〇センチメートル、高さ約二〇センチメートルの鳥籠を同車に軽く縛りつけ、これを股で狭むようにしてその後方の座席に座つて右手で同車の後部座席前の金具に掴まり、左手で前記鳥籠を押さえていたこと、及び原告は運転免許証を取得しておらず、かつ、道路上における車両等の運転経歴並びに運転能力等がなかつた関係上、前記の乗車に際してはその運転を一切右坂井にまかせ、同人に対して何ら運転についての指示ないし介入をしていなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告らは、原告は右坂井の無償常用の同乗者であるから、右坂井の過失は原告側の過失として斟酌さるべきであると主張するので、この点について判断するに、民法七二二条二項に定める被害者の過失とは単に被害者本人の過失のみならず、ひろく被害者と身分上ないし生活関係上一体をなすとみとめられるような関係にある者を「被害者側」としてこれらのものの過失をも包含する趣旨と解すべきことは損害の分担という公平の理念ないし過失相殺制度の趣旨に鑑み当然のことであるが、被害者の監督義務者、被用者もしくはこれに準ずる者の過失を被害者側の過失として斟酌するのは格別、その限度を超えてみだりに被害者側としての範囲を拡張するときは被害者の救済の実を不当に低くする虞れがあるからにわかに左袒し難く、前記認定の事実関係のもとにおいては本件事故当時原告と坂井文雄との間にいまだかかる関係の存在を認めることはできないので、右の主張は採用できない。

次に、被告らは、原告が鳩を入れた鳥籠をもつて同乗したことは原告の本件受傷の一因ともなつているから原告の過失として斟酌さるべきであると主張するのでこの点につき判断するに、前記認定事実によれば、原告は坂井の運転する前記自動二輪車の後部座席に同乗するに際し鳩を入れた鳥籠を股で狭むように抱え、同車の後部座席前の金具には右手だけで掴まり、左手は右の鳥籠を押えるだけであつた点に過失相殺として斟酌すべき過失があつたものといわざるを得ず、賠償額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきものである。

五、損害

(1)  慰藉料

〔証拠略〕によれば、原告は衣料品販売業知野貞一郎の三男として生れ本件事故発生当時三条工業高校化学工学科三学年に在学していたが、本件事故のため本件事故発生当日から昭和四三年二月二九日まで七四日間長岡赤十字病院に入院治療した(その後同年三月二五日まで通院加療)が、結局、右下腿を切断するの止むなきに至つた(この点は当事者間に争いがない。)ため、化学関係方面への就職をあきらめ同校卒業後は家業の手伝に従事していること、および原告は前記右下腿切断後義足を施しているけれども歩行は著しく困難であるばかりでなく、本件事故発生後二年を経過した現在なお痛みを訴えていることが認められ、その他本件における前記認定のごとき原告及び被告竹内らの過失の態様等諸般の事情を考慮すると、原告の受くべき慰藉料額は金二〇〇万円をもつて相当とする。

(2)  弁護士費用

前記認定のとおり、原告は被告らに対し金三〇〇万円を請求し得るものであるところ、原告法定代理人知野貞一郎の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三号証ならびに弁論の全趣旨によれば、被告は前記賠償額について任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取位を委任し、着手料及び報酬として合計金五〇万円を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯その他諸般の事情に鑑み、被告らに賠償せしめるべき金額は金二〇万円をもつて相当と認める。

六、自動車損害賠償責任保険金の控除

〔証拠略〕によれば、原告が本件事故に関し自動車損害賠償責任保険から金三八〇万円の支払を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら、右の保険金が、原告が本件において請求している慰藉料に対して充当されたとの点については、本件全証拠によるもこれを認めることはできないから、これを右賠償額から控除すべきものではなく、この点に関する被告らの主張は理由がない。

七、結論

以上の次第で、被告らは連帯して、原告に対し前記五の(1)、(2)の合計金二二〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年八月二二日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 泉山禎治)

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